エスパーダ 掲示板
▼過去ログ217
2007/11/27 22:16
▼無名さん
岡田監督が誕生へ 日本協会が正式就任要請
サッカー日本代表監督就任が濃厚になった岡田武史氏=27日午後、神奈川県逗子市
サッカー日本代表次期監督候補について記者会見する田嶋幸三・日本サッカー協会専務理事=27日午後、東京都文京区
日本サッカー協会は27日、脳梗塞(こうそく)で入院している日本代表のイビチャ・オシム監督(66)の後任として、1998年ワールドカップ(W杯)フランス大会で日本代表を率いた岡田武史元監督(51)に就任を正式要請することを明らかにした。既に岡田氏と接触した日本協会幹部は好感触を得ており、早ければ12月3日の常務理事会を経て同7日の理事会で正式に決定する。
日本協会の田嶋幸三専務理事と小野剛技術委員長がそれぞれ後任人事の選定を説明。既に岡田氏と2度話し合いを持ったという小野技術委員長は「前向きな感触を自分の中で受けている」と述べた。日本協会は年俸、契約期間などの条件を提示する。
岡田氏は日本協会を通じて「現状ではお話しできません」とコメントした。
技術委員会はオシム監督が回復しても再び指揮を執ることが困難と判断し、後任候補の人選を進めていた。来年2月に2010年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会アジア3次予選が始まる状況を見据え(1)オシム日本の土台を生かせる(2)リーダーシップ(3)コミュニケーション能力−を挙げて、これをクリアできる岡田氏を選んだ。
岡田氏は、97年のW杯アジア最終予選中に、更迭された加茂周監督の後を受けコーチから監督に昇格。日本代表をW杯初出場に導いた。99年からJリーグ2部(J2)コンサドーレ札幌を率い、翌年に1部(J1)昇格。03年からはJ1横浜F・マリノスの監督を務め、2連覇を果たした。現在は日本協会で環境保護活動担当の特任理事を務めている。
11/27 22:16
▼カメ
12月の練習
12月2日と9日は仕事がピークで練習参加できません。後半もまだはっきりしないので練習開催が確実なった時点でカラーコーンはガチャに渡すようにします。 参加できる日は途中からでも極力いきます。すみません。
[好きなサッカー選手、好きなサッカーチーム]
田嶋専務理事はなぜ西原に接触しようとしないのか?
11/27 11:00
▼無名さん
■岡田 武史(おかだ・たけし)
1956(昭和31)年8月25日、大阪市生まれ、51歳。大阪府立天王寺高から早大に進み、ユース代表、ユニバーシアード代表を経験。卒業後、古河電工(現・千葉)入社し、DFとして日本リーグ通算189試合9得点。日本代表としても活躍し、同通算27試合1得点。90年に現役引退、その後指導者に。97年10月、フランスW杯アジア最終予選のさなか、更迭された加茂監督の後をうけ監督に緊急昇格し、日本を初のW杯出場に導く。99年よりJ2札幌を率い、翌年にはJ1に昇格させた。03年に横浜M監督に就任し、2年連続リーグ優勝を果たすが、昨季途中で辞任。現在は日本サッカー協会特任理事を務める。
■岡田氏の前回就任VTR
1997年10月4日、フランスW杯アジア最終予選のカザフスタン戦(アウエー)で加茂監督率いる日本は、後半ロスタイムに同点ゴールを許し、1−1ドロー。1勝2分け1敗となった。試合後、日本協会の長沼会長、大仁(だいに)強化委員長らが現地のチーム宿舎で緊急幹部会を開き、大会途中という日本としては異例の時期の加茂監督更迭、岡田コーチの監督昇格を決定。加茂ジャパン発足時からコーチを務めてきた岡田新監督は、「修正できる問題だと思っている。大きくメンバーを変えるつもりはない」とコメントした。その後、2勝2分けとした日本はイランとのアジア第3代表決定戦に進出。延長前半でFW岡野が劇的なVゴールを決めて初のW杯出場を決めた。
★岡田氏、無言貫く
午前中に神奈川県内の自宅から外出。午後10時前、自ら運転する車で帰宅した。その際、待ち構えた報道陣が問いかけたが対応せず、無言で家の中へ。岡田氏は23日、大阪市内で開催されたフォーラムに出席した際にも代表監督就任の可能性について問われたが、無言を貫いた。
11/27 7:43
▼無名さん
99年からは札幌を率いて翌年J2優勝、J1昇格を果たした。J1横浜M監督として03、04年にはJリーグ連覇を達成。06年途中に辞任して現在は現場を離れ、日本協会特任理事(環境問題担当)を務めているが、その手腕は協会内でも高い評価を受けている。また日本協会の川淵三郎キャプテン(70)とは、早大の先輩、後輩の関係だ。
ただ代表監督の重責を経験で知る岡田氏は、家族に与える影響などを考慮し、復帰へはとても慎重。監督選任を任されている技術委員会の小野委員長はこの日「そういうことを話す段階ではない」としたが、田嶋専務理事は今後について「(相手に)こちらのコンセプトを説明する必要もあるし、その方が考える時間も必要」とし、後任候補に熟慮の時間を与えていることを示唆した。
12月3日の常務理事会が後任決定のメドとみられるが「理事会を経て、というのは手続き論。こういう非常事態は場合による。すぐ決まるならいいが、相手が受ける受けないもある」と田嶋専務理事。遅くとも年内の決着を目指すが、決定を急がない考えを示した。
11/27 7:43
▼無名さん
復帰には慎重!?岡田氏、急な代表監督後任オファーに苦悩
日本協会が代表監督就任のオファーを出した岡田氏
急性脳梗塞(こうそく)で入院中で復帰の難しくなったサッカー日本代表のイビチャ・オシム監督(66)の後任監督決定が先延ばしとなる可能性が26日、出てきた。日本サッカー協会が98年フランスW杯日本代表監督で元J1横浜M監督の岡田武史氏(51)に監督就任をオファーしていることが分かったが、岡田氏は就任に慎重な姿勢。来月7日にも予定される理事会での決定が見込まれたが、遅れる可能性もある。
◇
日本協会は26日、23日以来3日ぶりにオシム監督の病状について会見。田嶋幸三専務理事(50)は「基本的には変わらない。予断を許さない状態は続いている。大きな変化はない」とし、依然意識のない状態が続いていることを明かした。
この日で16日の緊急入院から11日目。協会はまずオシム監督の回復を望んできたが、現場復帰はもはや絶望的だ。しかし来年2月6日に10年南アフリカW杯アジア予選のスタートが迫っているだけに、協会はオシム監督の家族の承諾を得て後任人事に着手。98年フランスW杯で日本代表を率いた岡田氏に白羽の矢を立てていることが分かった。
前回就任時には、中田氏(右)らを擁して、初のW杯出場を決めた
岡田氏は97年10月、フランスW杯アジア最終予選カザフスタン戦後に更迭された加茂監督の後任として、日本代表コーチから同監督に昇格。FW岡野の劇的なVゴールで日本がW杯初出場を決めた一戦は“ジョホールバルの歓喜”と呼ばれている。
11/27 7:42
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