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21 無名さん
(視界一面を埋めるスクリーンから流れ始めたエンドロール。そこで胸を静かに上下してようやく呼吸を忘れていたことに、顎先へ溜まっていた涙が白いワンピースの膝上に添える右手の甲へぽとりと落ちて己が泣いていたことに気付く。平日夜の映画館、ましてやタイトルを挙げれば殆どの者が首を傾げるようなマイナー映画とあって席を埋める人は疎らに点在する程度で、シンプルなエンドロールに相応しく重厚で物哀しい音楽だけが満ちる館内から一人、また一人と静かに席を立っていく中、その後を追うには地面に張り付いたミュールの靴底は重く感じられて仕方無しとシートの背凭れに上体を深く沈ませると、改めてスクリーンを仰ぎ)
………、
(これほどまでに心揺さぶられたのはいつ振りだったか、たかだか数時間の映画に人の一生さえ見たような気さえして、押し黙ったまま宙を眺めている内にエンドロールも終わりを迎えたか視界に光が戻る。眩さに細めた瞼を瞬かせながら漸く身を起こせば、誰もいないと思っていた館内で己から数席離れた左手にぽつりと座る背広姿の若い男を見付けて一瞬こそ驚きに身を強張らせるも、明るみの中で眺める彼の惚けた顔がスクリーンへ向かう姿は己と被って見えて嬉しさと気恥ずかしさに表情が緩み)
……なんだか、20歳くらい老け込んだ気がします。
(控えめに声を掛ければ遅れて此方を振り向いた男の丸々と見開かれた瞳には同じように驚愕の色が宿っていたが、不意に形を確かめる仕草で顔に手を触れるなり『俺の顔は大丈夫ですか』と予想外の言葉が返ってきたのについ吹き出して、暫くの間顔を見合わせてふふと笑い。それも落ち着いた頃、そう近くもない二人の距離を流れていく沈黙を破るべく浅い深呼吸を落としてから軽い会釈でようやく立ち上がるものの、このまま立ち去るには後ろ髪が引かれて中々足を踏み出す事が出来ずに立ち尽くし)
…あの、
(伏目に隣へ一瞥を送ると席に座ったまま此方を伺う視線と目が合ってぐっと押し黙るが、少しの躊躇の後に顔を上げて向き直り。踏み出した一歩、纏うワンピースの細いプリーツが主の後を追って靡きながら広がって)
──最後に飲んでた珈琲、私達も飲みに行きませんか?