53 無名さん
@
(ステージの上には誰も上がっていない。満員の観客は今か今かと次の登壇者を待っている。ついにかれらがしびれを切らして、いまにも全体を嘆息した空気が支配しかけた、そのときのこと。──音もなく会場の全体に満ちた芳香が一息で、観客を夢の世界へと連れ去った。束の間のことであったが、ある者は離別した両親との記憶を、ある者は恋人との忘れられないひとときを、ある者は友人の何気なくも心に染みいる気づかいを、ある者はそれが誰に言われたのかも思い出せないほど遠い過去に沈殿していた大切な記憶を、その場にいるそれぞれがすくい上げていた。
色づかい豊かなくっきりとした映像、聴き逃してしまいそうなほど微細な音と声のトーン……。それらが胸に迫ってくる勢いで広がり、たちまち消えてなくなった。いっせいに目を開けると、ステージ上に立っていたのは、一人の魔法使い。身にまとっているのは、三角帽子に紫のフード付きローブ。魔法使いらしすぎるほどに魔法使いらしい装いのその人は手始めに一礼。)
はじめまして、登壇者のツツジ・オールト・アヴィニスと申します。この度は遠方からご足労いただき、ありがとうございました。わたくしごとですが、今日という日をくる日もくる日も待ちわびて…… 本日、ようやく皆さまにお目もじ叶いましたこと、大変うれしゅうございます。
さて、皆さまは魔法にどのようなイメージを抱いているでしょうか。神秘な力、異世界のもの、人智を超越した恐ろしい何か。そう思った方、この中にもいらっしゃるのではないでしょうか?(会場を見渡した。目が合うと、ばつが悪そうに顔を伏せる者もちらほらと、)いえ、いいんです。そうなんです!魔法はそのようなイメージで受け取られてきましたし、じじつそういった使い方をすることができます。
(ステージの上には誰も上がっていない。満員の観客は今か今かと次の登壇者を待っている。ついにかれらがしびれを切らして、いまにも全体を嘆息した空気が支配しかけた、そのときのこと。──音もなく会場の全体に満ちた芳香が一息で、観客を夢の世界へと連れ去った。束の間のことであったが、ある者は離別した両親との記憶を、ある者は恋人との忘れられないひとときを、ある者は友人の何気なくも心に染みいる気づかいを、ある者はそれが誰に言われたのかも思い出せないほど遠い過去に沈殿していた大切な記憶を、その場にいるそれぞれがすくい上げていた。
色づかい豊かなくっきりとした映像、聴き逃してしまいそうなほど微細な音と声のトーン……。それらが胸に迫ってくる勢いで広がり、たちまち消えてなくなった。いっせいに目を開けると、ステージ上に立っていたのは、一人の魔法使い。身にまとっているのは、三角帽子に紫のフード付きローブ。魔法使いらしすぎるほどに魔法使いらしい装いのその人は手始めに一礼。)
はじめまして、登壇者のツツジ・オールト・アヴィニスと申します。この度は遠方からご足労いただき、ありがとうございました。わたくしごとですが、今日という日をくる日もくる日も待ちわびて…… 本日、ようやく皆さまにお目もじ叶いましたこと、大変うれしゅうございます。
さて、皆さまは魔法にどのようなイメージを抱いているでしょうか。神秘な力、異世界のもの、人智を超越した恐ろしい何か。そう思った方、この中にもいらっしゃるのではないでしょうか?(会場を見渡した。目が合うと、ばつが悪そうに顔を伏せる者もちらほらと、)いえ、いいんです。そうなんです!魔法はそのようなイメージで受け取られてきましたし、じじつそういった使い方をすることができます。
54 無名さん
A
ですが今日、わたくしは皆さまに提案したいのです。魔法は人と人を繋げる蝶つがいなんだってことを。魔法にかかれば、もう二度と会うことのできない人と、記憶の底で出会うことだってできる。何十年ものあいだ、顔もみていない友人が笑ったときにできるえくぼを思い出すこともできる。そういうお話をしに来たんです。
ところでさっき、会場の皆さんは何か不思議なものを見ませんでしたか?あなたにとってはと〜〜〜〜っても大切な、けれども、思い出すにはあまりにも輪郭があいまいな…… そんな出来事を、どこか夢ごこちに浸りながら、見ていたのではないでしょうか?(ざわめく会場。観客は信じられないといった表情で、首を左右にふりながら、隣あった人々と顔を互いに見合わせており。)
これが僕の魔法です。この魔法からうまれる霧は、吸いこんだ者の精神の健全なバランスを崩したり、不眠に陥れることだってできてしまうんです。ですが、僕がやりたかったのは──香水です。魔素から抽出した香水を作ってみました。商品名は、魔法の名前からとって『ハナクモリ(花曇)』。商品のテスターには、ドラコニス寮のネヴィリム先輩と、マーゴット寮のスリアちゃんをお招きして──
B
(雲行きが怪しくなってきた。ここまで入念に被ってきた猫を完全にかなぐり捨てると、上がったテンションのまま、一気にまくしたて。)
いま、この会場に企業様はいらっしゃいませんか!?ツツジとの共同開発、ニーバシール魔法魔術学院との産学連携で、香水を発売してみませんか!?どなたか。どなたかいらっしゃいませんか。あっ、リム先輩、スリアちゃん、来てくれてる!ありがと〜〜〜!あっ、待って、まだ話してないことが、ちょっ、まだこれからが本番なのに〜〜〜!
(暴走し、観客席で見物する学友に手を振るツツジ!必死の抵抗もむなしく、ステージの袖から出てきた教員連に羽交いじめにされると、連れ去られていった……。)
(↓)
ですが今日、わたくしは皆さまに提案したいのです。魔法は人と人を繋げる蝶つがいなんだってことを。魔法にかかれば、もう二度と会うことのできない人と、記憶の底で出会うことだってできる。何十年ものあいだ、顔もみていない友人が笑ったときにできるえくぼを思い出すこともできる。そういうお話をしに来たんです。
ところでさっき、会場の皆さんは何か不思議なものを見ませんでしたか?あなたにとってはと〜〜〜〜っても大切な、けれども、思い出すにはあまりにも輪郭があいまいな…… そんな出来事を、どこか夢ごこちに浸りながら、見ていたのではないでしょうか?(ざわめく会場。観客は信じられないといった表情で、首を左右にふりながら、隣あった人々と顔を互いに見合わせており。)
これが僕の魔法です。この魔法からうまれる霧は、吸いこんだ者の精神の健全なバランスを崩したり、不眠に陥れることだってできてしまうんです。ですが、僕がやりたかったのは──香水です。魔素から抽出した香水を作ってみました。商品名は、魔法の名前からとって『ハナクモリ(花曇)』。商品のテスターには、ドラコニス寮のネヴィリム先輩と、マーゴット寮のスリアちゃんをお招きして──
B
(雲行きが怪しくなってきた。ここまで入念に被ってきた猫を完全にかなぐり捨てると、上がったテンションのまま、一気にまくしたて。)
いま、この会場に企業様はいらっしゃいませんか!?ツツジとの共同開発、ニーバシール魔法魔術学院との産学連携で、香水を発売してみませんか!?どなたか。どなたかいらっしゃいませんか。あっ、リム先輩、スリアちゃん、来てくれてる!ありがと〜〜〜!あっ、待って、まだ話してないことが、ちょっ、まだこれからが本番なのに〜〜〜!
(暴走し、観客席で見物する学友に手を振るツツジ!必死の抵抗もむなしく、ステージの袖から出てきた教員連に羽交いじめにされると、連れ去られていった……。)
(↓)