55 無名さん
巻島 未紗:わたし、ほんとに挑発なんて身に覚えが…っち、近…?!ま、まま、待ってください…っ。あの、っあのですね…一旦落ち着いて、少し距離をっ…あの…!(今にも弾けんばかりに脈打つ煩い鼓動を静めたいと逸る気持ちとは裏腹に逃げただけ確実に距離を詰められる分の悪いいたちごっこに気分はさながら袋の鼠。目が回る程の困惑と動揺で既に許容範囲を超えた思考を完全に奪い去ったのは己を支える彼の手の力強さ。今ばかりは幸福よりも一挙として押し寄せる羞恥が先んじて火照る身体が妙に熱く、感覚が遠退き呼吸さえままならない。慌てて彼の胸板に手を押し当て、己が両腕が弛みなく伸びるまでその身体をぐいっと後方に遠ざけながら苦し紛れに咄嗟に吐き出す単語はあまりに稚拙である。しかし何よりもまず唇にまだ触れた余韻の残る彼との口付けの記憶ばかりが何度もリフレインするこの状況に心臓が保たなくなりそうで祈るような眼差しと共に首を左右に振り)う、うう…っば、バリアー!バリアーです!あんまり近くにいると、い…いろいろ思い出しそうになって…っ。きっと心臓破裂しちゃうから、東堂さんはいまこれ以上わたしに近づいちゃだめ…!