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56 無名さん
 思い出せない記憶が滲んで薄れて行くのは怖い。大切にしていた筈の物だって、咲き誇っては呆気無く花弁を枯らしていく。建前許りの屁理屈を掲げて、退屈なだけの理想を並べて、次第に何もかも嘘臭く見えてしまって、虚しく灰色の景色へ濁っていくのが怖い。怯えないで、何処へも逃げたりしないから。そうして僕の内側へ手を伸ばすなら、醒めた僕の本質に呑まれる事を赦したりはしないで。譬えば其の僕が蜃気楼の様で居て、本当は君以外の誰にも見えない者だったとして、君の為に存在出来るのなら良いんだ。そんな風に存在出来たなら良かったんだ。

 だけど本当は全部識って欲しくて、言葉が欲しくて、好奇に揺らめく君の腕を取って攫うんだ。